【東京】 bill's - シドニーのカフェ文化を輸出
2012年1月22日
文:ロビン・クラーク
ボンダイビーチの夜明け。オーケストラの奏でるクラッシック音楽と日の出を楽しみながら、5千人のシドニー住人がビル・グレンジャーと朝食を共にした。
著書やテレビ番組で国際的に名を知られるビル・グレンジャー。近年、最も人気のあるオーストラリアの輸出品である彼のレストランと料理からは、シドニーのリラックスした明るい都市文化が滲み出る。シドニーで展開する飲食店「ビルズ」グループは、特にブランチメニューが人気。シドニーでの成功を受けて、レストランター・ビルはシドニーを飛び出し、美食都市・東京やロンドンでオーストラリアの食文化の評価を高めている。
グレンジャーは先日、「Crave Sydney International Food Festival」の人気イベントで、マスターシェフのファイナリスト、ヘイデン・クインと共同司会を務めた。このイベントと、最新の著書の宣伝を兼ねて、現在の居住地ロンドンから一時帰国中のシドニーで、グレンジャーはオージー食文化を世界に広める理由をこう話す。
「ボンダイには都会のビーチ独特のエネルギーがある。それが好きなんだ」とグレンジャーは話す。「シドニーの素晴らしさがすべて集結している。朝食を食べに出るのにここより良い場所は考えられないよ。帰国期間中は毎日ここで朝食をとっているんだ」
しかし、ロンドンや東京のような都会の喧騒にブランチ文化が溶け込めるとは、大抵の人には信じがたい。「世界中どこで『朝食を提供したい』と言っても、『うまくいきっこない』と言われたよ。日本でも、『日本人は朝に外食しない』と言われたけど、開店した今や長蛇の列だよ。ロンドンでもブランチが波に乗りつつあるんだ」
グレンジャーによると、このような疑念は、海外におけるオーストラリア料理の評判が、近年になるまで悪かったことに起因するという。例えば日本では、「(オーストラリア料理は)大量生産の安い食べ物だと思われていた。でも、日本人ビジネスパートナーとシェフをシドニーに連れて来たときは、本当に驚いていたよ。シドニーが洗練された都会で、素晴らしいレストランが数多くあることに、圧倒されたようだった」
まさにこのような誤解を解き、オーストラリア料理の洗練されたイメージを広めるため、グレンジャーは東京とロンドンにレストランを置いた。「特にロンドンでは、オーストラリア料理そのもののイメージが薄いんだ。色んな料理のフュージョンと思われていたり、安いワインと関連付けられていたりするんだ」
しかし、「ビルズ」のようなレストランを産み出すシドニーの外食産業の真髄とは、いったい何なのだろう。「面白いことに、シドニーには巨大レストランチェーンというものが存在しないんだ。個人経営の素晴らしいレストランが軒をそろえているんだよ」とグレンジャーは言う。「一般的な大都市に比べ、底辺層のレベルが既に高いんだ。地元住民が食通になるのは当然さ」
地元密着は、グレンジャーのレストランの成功に欠かせない要素だ。地元コミュニティーの雰囲気を取り入れることに骨を折った結果、彼のレストランはどれも地元で受け入れられている、とグレンジャーは語る。
レストランターへの転身を遂げる以前に美術を専攻していたグレンジャーは、美意識と雰囲気へのこだわりに強い価値を見出している。
「レストランターは、お客様がドアを開けて入店した時点から、起きるすべてを理解しなければならないんだ。単に食事だけにお金を払うんじゃない。劇場みたいなもので、そこで経験するすべてにお金を払っているんだ。美術を勉強したことは、そんな経験をプロデュースするのにとても役立っているよ」
ロンドンでの出店地として、グレンジャーは、有名なポートベロマーケットに近く、食文化で知られるノッティングヒル近くのウェストボーン・グローブを選んだ。2年近く前にロンドンに移住し、地元の雰囲気に慣れ親しんだ今、開業準備はほぼ整ったという。
「市場を理解するには、地元に住むことが肝心だと僕は思うんだ。僕たちは、地元の町なりについて心から理解したかったし、最適な土地を見つけたかった。よそ者にとって見た目のいい土地はたくさんある。でも、実際に住んでみないと、地域のほんのちょっとした違いは理解できないんだ」
ロンドンのようなレストラン競争の激しい都市への進出が容易でないことは、グレンジャーもよくわかっている。しかし、世界一ミシュランの星の累計が多い日本で4店舗目を開店したグレンジャーにとって、多少の楽観は許されるだろう。当時日本に在住していたグレンジャーは、日本のビジネスパートナーとともに「ビルズビーチハウス」という形でレストランをオープンした。
臨時レストランやメディアイベントを通じて、1年に渡り日本市場で実験を繰り返した結果、「今だ」と思えるに至ったグレンジャーは、レストランの開設を進めた。オーストラリアの真のライフスタイルを通じて、オーストラリア料理の評価を築くことが肝心だった、とグレンジャーは語る。
「東京から郊外へ約1時間の距離にある鎌倉のビーチに、1号店をオープンしたんだ。鎌倉にはサーファーもいるんだよ。ビーチハウスは驚くべき空間になった」 地元住民の反応は素晴らしかった。待つ人の列は1ブロック先まで伸び、入店まで6時間を費やすこともあった。都市部のレストランの人気も右肩上がりで、グレンジャーの成功は止まることを知らない。
「日本の市場はとても洗練されている。この成功に感謝しているよ」
いまだ42歳という若さのグレンジャーにとって、オージー文化を世界中に広めたいという欲求は薄れることがない。それでも彼は、人生で大切なことのために時間を惜しまない。毎日家族のために料理し、日曜版新聞にコラムを寄稿している。
「これがいいバランスなんだ」とグレンジャーは話す。「メディアの仕事はとても楽しいし、レストランや、僕の大好きな仕事について人前で話せるのは、最高の気分さ。僕は自分のことを、シェフというよりレストランターだと思っているし、ビルズを最初に始めたころはキッチンにも立ったけど、今は、メニューを考えたり、レストランのムードや雰囲気づくりが僕の役目さ。最高に楽しんでいるよ」
ロンドンでの展開にあたっても、彼の価値観は変わらない。
「オーストラリア人であるという事実が、僕をユニークな存在にしているんだ。食に対するオーストラリア的な姿勢や、オーストラリアの日なたのような気軽さこそが、僕が表現したいことなんだ」「心地よい日曜の午後にパイとビールを楽しむための、こじんまりしたパブを作りたいんじゃないんだ。やりたいのは、明るく華やかなオーストラリアのカフェ、だから他と違うんだ。この姿勢は貫かないといけない。自身のユニークさをキープしながら、地元について理解する。簡単なバランス取りじゃないけどね」